まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

Why Humans Cooperate

Why Humans Cooperate: A Cultural And Evolutionary Explanation (Evolution And Cognition Series)

Why Humans Cooperate: A Cultural And Evolutionary Explanation (Evolution And Cognition Series)

という本を読んだ。前のEvolution for everyoneに引き続き授業の関係。

人間の協力行動について進化の観点から説明する本。「進化」といっても、著者は、コスミデス&テュービー流の進化心理学や人間行動生態学ではなく、二重継承説(Dual Inheritance Theory, DIT)の立場に立つので、生物進化だけでなく文化進化についても強調する。最初の数章ではDITの立場から、血縁選択や直接的・間接的互恵性、社会規範、エスニシティといった、協力行動を生み出すメカニズムを説明する。4章以降では、カルディアン(Chaldean)という、主にデトロイトに住むイラク由来のキリスト教移民を取り上げ、上で取り上げたメカニズムの点からメンバー間の協力行動が理解できることを示していく。

二重継承説と協力行動

本書前半は、二重継承説および協力行動についての理論的整理をわかりやすく行う。著者によると、二重継承説による人間の行動の説明の枠組みは次のようなポイントからなる(p.9)。

  1. 社会的学習を可能にする心的メカニズムの進化
  2. 社会的学習に基づく文化の進化
  3. 文化・遺伝子の共進化

まず二重継承説は、人間には成功バイアス・権威バイアス・順応バイアスといった社会的学習を可能にする心的メカニズムが進化によって備わっていることを指摘する。これは、人類進化の途上でヒトを取り巻く環境が大きく変動し複雑になったになったことによって、環境に学習によって対応する------とくに、小集団の中でより成功している個体の行動をマネする------ことがより適応的になってきたためである。そうした社会的学習によって、文化という、遺伝子によらない情報の伝播が発達する。そうした文化の発達は、ヒトを取り巻く環境を変化させ、自然選択のメカニズムを通じて、遺伝子を介した進化にも影響を与える。例えば、肉を料理して食べることは、文化の発展の結果生じたものである。しかしこれによって肉が消化しやすくなると、ヒトの選択的環境が変化する。消化器官よりも脳の発達にエネルギーを割く遺伝子に有利な選択圧が生じるのである。これが文化・遺伝子の共進化である。図式的にいうと、次のようになるだろうか。

心理的カニズム(モデルに基づく学習、権威バイアス・模倣バイアス)--> 社会的学習 --> 文化的環境の形成・変化 --> 新たな選択圧の出現 --> 遺伝へのフィードバック・共進化

協力行動については以下のように整理されている。協力行動が進化するためには、利他主義者の恩恵を受けるものが利己主義者よりも利他主義者にかたよることが必要になる。つまり協力行動からの利益をb、そのコストをc、利他主義者がほかの利他主義者に協力する確率をβとしたとき、βb>c が成り立たなくてはならない。有名なハミルトンの式rb>cは、このことを血縁選択に例化した形で考えたものといえる(この例ではβ=rとなる)。

では人間ではどのようなメカニズムによって協力行動がもたらされているのだろうか。著者は協力行動を促進する仕組みを五つ挙げる。すなわち、血縁選択、直接的互恵性、間接的互恵性(評判を通じた)、社会規範、エスニシティ。このうち血縁選択および直接的互恵性は、人間の協力行動を説明するには効力が限られている。たとえば、直接的互恵性に基づく協力行動は集団が大きくなるにつれてフリーライダーに浸食され、幾何級数的に減少することがモデルによる知見から知られている。

Chaldeanにおける協力行動の実例


本書の後半では、こうした理論的枠組みが実際に成り立っているのか、カルディアン(Chaldean)という移民集団の行動にみる。例えば第五章では、カルディアンが現代の都会に住んでいるにもかかわらず、血のつながった親類を協力行動において優遇するという血縁選択説に沿った行動をいまなお行っていることが示される。これはコスミデス&テュービーといった進化心理学者のいう「大いなる誤り」説------都会に住む現代人は、EEAに適応した心理メカニズムの誤作動によって、血縁の度合いを見誤り相互扶助しているという説------がカルディアンには当てはまらないことの証拠となる。

文化的集団選択

また社会規範の進化(七章)はつぎのようなシナリオとなる。著者はまず、最後通牒ゲーム(UG)公共財ゲーム(PGG)において罰を導入すると、協力行動が著しく高まるという心理学実験の結果を示す。順応バイアス・権威バイアス(社会的学習)と罰を組み合わせることで、社会規範が集団内に根付いていくというわけである。(Dec/06/09 訂正)

(これに関連して、著者は、コスミデス&トゥービーのcheater-detector module仮説に異論をのべる(p.142)。といっても著者は、裏切り者検知のモジュールの存在自体は受け入れる。著者のポイントは、問題となるモジュールの由来に関わる。著者によれば、C&Tの仮説は、集団を維持するために互恵的な協力行動の役割が大きくなる中で裏切り者をみわけることが進化的に有利となり、こうしたモジュールが適応として進化してきた、という比較的単純なものだ。それに対して著者は、このモジュールの由来に文化進化が大きく関わっており、共進化理論のほうがこのモジュールに関わるより広範囲の特徴を説明できるを主張する。たとえば、C&Tの理論では、そもそも守るべき「社会契約」がどのようにして現れたのか説明できない点や、裏切り者検知行動を示すような心理学実験において、被験者は必ずしも互恵的行動の文脈に沿った質問をされていないことが指摘される。)

このようにして受容される規範の範囲は、比較的幅が広い。上のような要素が集団内で成立すると、規範の内容にかかわらず、規範が受け入れられていくのである。しかし、著者はそこで文化的集団選択の考えを導入する。すなわち、集団内の協力を促すような規範が根付いた集団とそうでない集団を比べると、前者のほうが発展し、ほかの集団を戦闘で破ったり、同化をすすめていくことによって人口が後者よりも増加しやすい。そうした集団間の選択によって、協力規範をもつ集団が発展していったのだというのである。これが文化的集団選択というプロセスである。

独裁者ゲームと最後通牒ゲーム

一つおもしろかったのは、カルディアンの人が独裁者ゲームと最後通牒ゲームで行動を完全に変える話だ。最後通牒ゲームで決定者の役割を振られたとき、カルディアン移民の被験者は第二の参加者に平均41%を割り振る(モードは50%)。ところが独裁者ゲームに参加すると、カルディアンの「独裁者」は、自分の裁定に従うがままの第二の参加者に、平均するとより多くの富(44%)を割り振り、8割以上の人が50%を超える富を与える。これは、参加者が二つのゲームで異なる心理的フレームワークを適用しているからである。最後通牒ゲームでは第一の参加者はいわばビジネスパーソンとして振る舞っており、できるだけ多くの利益を第二の参加者に拒否されないように得ようとする。ところが独裁者ゲームでは、第二の参加者が完全に無力なために、第一の参加者は、チャリティや施しというフレームワークからこのゲームを理解して、第二の参加者に自分の持つ財産を「寄付」しようとするのだという。著者は、このような文脈の違いに応じて行動の差を生じることは、社会規範の形成に文化が大きな役割を持っていることの証拠であると見なす。

まとめ

上で述べたように本書の構造は割と単純で、記述もわかりやすく読みやすい。また後半の事例解説は、理論説明の応用編でありながらも理論の実例解説となっており、結果として協力行動に関する理論の理解を大いに助けている。さほど分厚くなくざくっと読めるので、協力行動やDITの入門としてすぐれていると思う。