まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

アブストラクト・イントロダクションの書き方

最近アブストラクトやイントロダクション*1を書くときに使っている公式があるのでメモ。これはカナダや日本で学生のエッセイをいろいろ見た経験から抽出したものなのである程度汎用性があると思う。

その公式とは、イントロは以下の(最高)五つの項目について書けばよいというものだ。その項目とは

  1. 論文のトピックは何か。
  2. 背景、トピックの解説
  3. 論文はなにをするのか(および/あるいは)論文の一番の主張
  4. それを支える根拠
  5. その主張の帰結、意義

である。この五つの要素の意味は次のようなものだ。イントロを書くときにもっとも大事な目的は何か。それはこの論文の第一の主張を呈示して、読者にそれが「正しそう」あるいは「おもしろそう」と思ってもらうことである。

しかしだからといって論文の主張だけを呈示しても読者には唐突に映ることが多い。それは、イントロを読む前に読者はこの論文についてはほとんど何も知らないからである。そのような時に著者は何を第一に伝えたらよいだろうか。それはこの論文のトピック、つまり「この論文が何についてのものか」である。これを説明するのが(1)(2)だ。これによって読者は少なくともこの論文が何について論じるか大体の方向をつかめる。

その次にいよいよ論文の一番の主張を読者に呈示する。これはできるだけ簡潔・明快に書くと迫力がでる。しかし一番の主張を書くだけでは、読者には論文を手にとってもらえないかもしれない。論文を読むような読者なら、多少なりとも文章をクリティカルに読むものだ。そうした読者が次に気になるのは、「あなたの言いたいことはわかった。だけどそれが正しいというサポートはどこにあるの?」ということや「あなたの言いたいことが正しいとして、それでどうなるの? これはどうでもよいことじゃないの?」ということだ。

それを与えるのが(4)(5)である。これを書くことで「この論文の一番の主張にはちゃんと根拠がある」「この主張はどうでもよいような主張ではないよ」ということを伝えて、読者にこの論文を読む理由を与えるのである。

すぐれたイントロには大体この五つの要素が入っている。たとえば前にも取り上げた「理性の議論説」の論文アブストラクトはこうなっている(拙訳)。

推論(reasoning)についての一般的な見方によれば、それは、信念を改善しよりよい意思決定をするための手段とされる。しかし、多くの証拠によれば、推論はしばしば認識のゆがみや誤った意思決定に至ることが示されている。このことは、推論の機能について再考するようわれわれに促す。我々の仮説は、推論の機能は議論に関わるというものだ。つまり、説得を意図した議論を作り出し評価することだ。そのように考えられた場合、人間が飛び抜けてコミュニケーションに依存しかつ誤情報に対して弱いことを考えると、推論することは適応的である。この仮説に照らすと、推論と意思決定に関する幅広い心理学的な証拠を再解釈し、それによりよい説明を与えることができる。

これを分解すると、次のようになる。

(1)(2)推論(reasoning)についての一般的な見方によれば、それは、信念を改善しよりよい意思決定をするための手段とされる。しかし、多くの証拠によれば、推論はしばしば認識のゆがみや誤った意思決定に至ることが示されている。このことは、推論の機能について再考するようわれわれに促す。

第一文で著者は論文のトピック(推論)を示し、その後半ではトピックの内容を説明する。そして第二文では、そのトピックがどのようにこの論文に関係するのか、関連するトピックの背景を説明する。こうして「この論文が何についてのものか」を明らかにして、書き手と読み手の間に共通の土俵を作っている。その上で、著者は次のようにこの論文の中心的な主張を書いている。著者はこれを非常に明快に書いていることにも注意して欲しい。これによって著者の意図が読者にまっすぐに伝わるのである。

(3)我々の仮説は、推論の機能は議論に関わるというものだ。つまり、説得を意図した議論を作り出し評価することだ。

このようにして論文の中心的な主張を知った後、著者は(4)その主張の根拠および(5)その主張の意義や帰結を書いている。

(5)そのように考えられた場合、人間が飛び抜けてコミュニケーションに依存しかつ誤情報に対して弱いことを考えると、推論することは適応的である。(4)この仮説に照らすと、推論と意思決定に関する幅広い心理学的な証拠を再解釈し、それによりよい説明を与えることができる。

このようにこのアブストラクトは論文の方向性を短時間で多くの人々に理解してもらうことに成功している。

(追記)最近ツイッター経由でネイチャーの公式サイトが投稿案内(和訳)で論文要旨の書き方を説明している(11ページ)ことを知ったが、見てみると、おおわたしの考えとだいたい同じじゃないか。

*1:以下、イントロに統一。