まとまり日記

業績をあげるために研究成果を発表する哲学者や歴史学者は、紙を無駄づかいしたり同僚をうんざりさせたりすること以外にはほとんど害をなさない(『動物の解放』人文書院、101頁)

道標が大切

最近は論文のドラフトなどを読む機会が多くなっているが、そこで気になることの一つは道標(サインポスト)がないために読みにくくなっている文章が多いことだ。

サインポストというのは、これから書く文章についてのメタレベルからの説明である。例えば「この節では**について説明する」とか「ここまではX氏の議論について紹介した。以下では彼の議論を批判する」といったものだ。

例えば

安保法制は違憲の疑いが強いと専門家の多くは述べている。代表的な憲法の解説書『○○』で解説を執筆する全国の憲法学者○○人にアンケートした結果によると、○割近くの研究者が安保法制は違憲の疑いがあると述べている。この法律はアジア諸国からも批判がある。韓国外務省高官の○○氏は○○年○月の記者会見で「○○」と述べたほか、中国の○○外相は「○○」と述べて日本を牽制している。これによって日本が戦争に巻き込まれる恐れがある。...

という書き方ではなくて、

この段落では安保法制の問題を三つ述べる。第一の問題は安保法制は違憲の疑いが強いと専門家の多くが述べていることである。例えば代表的な憲法の解説書『○○』で解説を執筆する全国の憲法学者○○人にアンケートした結果によると、○割近くの研究者が安保法制は違憲の疑いがあると述べている。第二はアジア諸国から懸念の声が上がっていることである。例を挙げると、韓国外務省高官の○○氏は○○年○月の記者会見で「○○」と述べたほか、中国の○○外相は同月の記者会見で「○○」と述べて日本を牽制している。さらに、これによって日本が戦争に巻き込まれる恐れがあるという問題がある。

という風に述べた方が、サインポスト(太字の文)がこの段落が何についてのものなのか読者をガイドするとともに、この後に「三つの問題」を説明する文が来ることを読者に予期させていて読みやすい。また後続の文で「第一の問題は...」「第二の問題は...」と書いてその予期を実現することによって、読者が心の中でその文章の内容を段落全体の構造の中に位置づけることが容易になっている。

ではサインポストがないとなぜ文章が読みにくくなるのか。それは、読者は一般に「著者が何をしようとしているのか」「今読んでいる文章がプロジェクト全体の中でどういう役割を果たすのか」がわからないまま長く複雑な文章を読まされるのを苦痛に感じるからだ。例えば

という有名な本の「はじめに」にある例をとってみよう。

例えばの話である、あなたが教室の中に入ると,机の上に長さ10cmほどの竹片とカッターが置いてあり,先生がその竹片からカッターで非常に細い棒状の一片を切り出すように言ったとする。

どういうつもりなのかは良くわからないが, とにかく言われた以上そうするしかない。そしてカッターを取り上げ,何度か失敗した後ようやくそれに成功する。

すると次に先生は, それをバーナーで燃やして黒焦げの糸を作るように言う。依然としてそれが何を意味するのかわからないが,やはりそうするしかない。ところが黒焦げの糸は作ったそばからぼろぼろくずれてしまう。くずれてしまったなら,再び前の工程に戻って最初からやり直きなければならない。

こんなことを3回も繰り返そうものなら, もうあなたの神経は忍耐の限度を越えてしまうだろう。この場合,作業の難しきもさることながら, フラストレーションの主たる源は先生が初めに, これから作るものが初期の白熱電球のフィラメントなのだということについて,一言コメントしておいてくれなかったことにある。

ここでの対象は科学実験だが、同じことは文章にも当てはまる。我々は「何のために」を知らされないまま何かを読むのはイヤなのである。

また特に論文においてサインポストが有用な理由もある。論文の主な読者は研究者であり、研究者は研究に関する読み物は批判的に読む習慣ができている。これは「読者は著者の目的に応じて読む際の力点を変える」ということでもある。例えば同じX氏の議論の解説を読むときでも、論文の著者が自説を擁護するためにそれを解説するときは、読者は自然と「X氏の議論に問題はないか」と考えながら読むだろうし、逆に著者がX氏の議論を批判するために紹介するなら、X氏の説を「何か擁護できるところはないか」と考えながら読むことになる。しかしそうしたガイドがないと、読者はどういうことを考えながらX氏の議論の解説を読んでいってよいかわからない。これは苦痛である。

このことはアカデミックライティングで言われることがある。例えばアカデミックライティングのやり方が

  1. say what you will do,
  2. do it, and
  3. then say what you did 

と定式化されることがあるが、これも1.のところで読者に「自分がこれから何をやるか」を明確化することが大事であることを示している。

ただ、文章読本の中にはsignpostの濫用を戒めるものもあって、例えばスティーブン・ピンカー

The Sense of Style: The Thinking Person's Guide to Writing in the 21st Century

The Sense of Style: The Thinking Person's Guide to Writing in the 21st Century

  • 作者:Steven Pinker
  • 出版社/メーカー: Penguin Books
  • 発売日: 2015/09/22
  • メディア: ペーパーバック
のなかでサインポストのようなメタ語り(metadiscourse)の濫用はよくないと述べている。たしかに節ごとに「前の節では...を行った。この節では...を行う」と書かれているといい加減うるさいと感じることはあるかもしれない。しかしピンカーもサインポストの代わりに段落を問いで始めることを薦めている(これはこの段落が何についての段落であるかを示すものである)ので、「読者に最初にここで何をやるのかを示す」というサインポストの役割自体は認めているのである。