まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

人種と知能(2)

さて引き続き人種と知能についてだが、今回はニコラス・マッキントッシュが書いた知能についての入門書である

IQ and Human Intelligence

IQ and Human Intelligence

に書かれている議論を紹介する。

マッキントッシュがいわゆる人種間に見られるIQテストの成績の差について述べているのは第13章「集団差」である。この章は主に二つの事柄をあつかっている。ひとつは人種間の成績の差の原因で、もう一つがIQテストが人種などに公平なテストであるかどうかだ。著者の結論は第一の問題については、〈決定的な結論は出せるほどの証拠はまだないが、「人種間の差がほとんど遺伝的な原因からくる」という主張は否定できる〉というものだ(344頁)。そして第二の問題については、巷間言われるような〈IQテストは黒人などのマイノリティに不利になるようなバイアスがあるので、彼らの成績が悪くなる〉という考えに否定的である。

人種間の成績の差の原因

マッキントッシュは最初にLynnなどのような強い遺伝説論者の議論を紹介する。彼らは黒人・白人のIQテストの成績の差の約80-90パーセントは遺伝的な違いに由来すると主張する。

しかしマッキントッシュは環境の変化が大きなIQテストの成績の大幅な上昇をもたらしうることを指摘する。例えば、ケニアの田舎の例を挙げ、栄養状態や教育のスタイルの変化などによって14年間で成績が15ポイント上昇した。このように環境の変化でIQテストの成績は大幅に上昇するので、単に成績の差が大きいから環境要因では説明できないと言うことはできない。

同等の環境で育った人種間の成績

ついでマッキントッシュは白人と黒人の子供が比較的同様の養育環境にさらされた場合のIQテストの成績に関する研究をまとめている。結果を一言で言うとまだら色で、環境説・遺伝説のどちらかに決定的な支持を与えるものにはなっていない。

  • 第二次大戦後のドイツでは米軍兵士と現地のドイツ人女性との間に子供が生まれる例があった。そこで父親が白人の子供と黒人の子供のIQテストの成績を比べると、同じスコアが得られた。この結果は環境説を支持するものであるが、兵士になった黒人は黒人全体のレベルを代表するものか疑念が出されている。ただし有名な知能の研究者であるフリンは、この点は結果に大きな影響を与えるものではないことを述べており、また遺伝論者であるヘルンシュタイン&マレーやジェンセンもこの結果を受け入れている。
  • ミネソタで白人の家庭に養子にもらわれた黒人の幼児についての研究。この研究では養子開始後10年後のテストでも、養子のIQテストの成績は大して上がらなかった。しかしこの研究では、両親ともに黒人の子供が養子に出された時期は遅く、さらに生物学上の親および養親はそれぞれが属する集団の平均よりも教育の程度が低かった。

こうした場合に遺伝論者はしばしば、IQテストの一部に着目し「IQテストの中でも遺伝的な能力差が強く表れるところから両者の差が由来している」と述べることもある。例えばスピアマンは、人種間の成績の差はgと呼ばれる一般知能の差から生じているという仮説を提唱した。しかしマッキントッシュはこの説には否定的である。

例えばIQテストの中でも類似性テストやレイブンマトリックスは遺伝による違いが現れやすいところだが、IQテストの成績を世界的および経年的に振り返ってみると、ここが最も成績が向上した部分である。もしこの50年でわれわれの中で遺伝的組成が大幅に変化したと主張する用意がないのであれば、この成績の向上には環境要因の影響が大きいとみなくてはならない。

こうした点からマッキントッシュは、まだはっきりとした結論は出ないとしても、黒人と白人のIQテストの成績の差が遺伝のみに由来するという見方には反対する。

IQテストにはバイアスがあるか

ここまで人種間の成績の差が遺伝的要因に大部分よるものか考えてきたが、最後にマッキントッシュは〈IQテストで黒人の成績が悪いのは、テストに黒人に不利なバイアスがあるためだ〉という議論を検討している。

著者はここではIQテストの(この意味での)バイアスを否定する方向で議論する。例えばIQテストには、顔を描いた二つの絵を見せてどちらがかわいいか尋ねる問がある。これは何となく白人独自の美的感覚に基づくバイアスのかかった問題のように思われる。ところがこの問題は黒人の子供にとっては最も易しい問題であり、他方白人の子供にとっては3番目に易しい問題に過ぎない。

また黒人の子供は白人よりもまんべんなくIQテストの成績が悪く、特にどの部門が足を引っ張っているということはない。さらにIQテストの成績と学校の成績(数学と読解)の関係についても、黒人白人とも同様の強い相関関係が存在する。

ただし著者はIQテストが文化中立的だと主張したいわけではない。文化によってはテストの意味を理解しないような場合もあるからである。例えば「牛とカラスはどこが似ているか」という問を聞いたときに、それらが属する分類学的カテゴリーについて考えるとは限らない(こちらの方がIQテストでは「正解」とされる)。そうではなくある目的のために両者をどう使うか考えてその点から両者の類似点を引き出すことも(文化によっては)多く、その場合IQテストでは成績が低くなる。

またSATの成績でコントロールされた黒人白人の大学生を集めてGREのテストを受けさせたところ、「このテストはあなたの知能を計るテストです」と告知された場合に限り黒人の成績が悪くなったという研究もあり、ステレオタイプに関わる効果があることも記されている。