まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

陰謀論と政治

陰謀論を扱った二つのポッドキャストを聞いた。一つは陰謀論と政治に関わるFivethirtyeight(FTE)のポッドキャストで、もうひとつは地球平面説を扱ったScientific Americanのポッドキャスト。このうちだと前者の方が紹介する内容が多いので、以下ではFivethirtyeightのポッドキャストの内容を主に紹介して、関連する内容があるときのみScientific Americanのポッドキャストについて述べる。FTEポッドキャストのゲストはマギー・カート(FTEの科学担当)と政治学者で陰謀論を研究しているジョー・ジンスキー氏(マイアミ大学)。

陰謀論と政治

陰謀説信奉者と政治との関わりでは二つとても興味深いことがあった。一つは右(共和党支持者)と左(民主党支持者)では、陰謀説を信じる全体的な度合については変わらないことだ。確かにマスコミに出るのは共和党支持者の陰謀説が多いが(気候変動否定やQAnon*1、Birtherism*2)、「人口の1%がすべてを支配している」「トランプ氏はロシアのエージェントである」というような民主党支持者がもっぱら支持するような陰謀説もある。

ということで左右の別は陰謀説には関係ないのだが、しかし政治的スペクトラムの中で全くランダムに陰謀説が出てくるわけではない。というのは政治において陰謀説が出てくるのは、政治的アウトサイダー(時の野党など)からが多いからだ。例えば上のBirtherismが出てきたのはオバマ政権時だし、「同時多発テロブッシュ政権の内部犯行」というのはブッシュ政権時のことである。

蒙が啓かれた二番目の点は、陰謀説を支持する有権者は(2016年までは)政治への関わりが総じて薄かったという指摘だ。例えば投票率献金率(米国政治では普通の人でも支持する政治家に献金することは一般的)は、そうでない人に比べて低かった。また彼らは政党の本流をなす政治家よりも非主流派・アウトサイダーを支持する傾向がある。しかしこうしたことは説明を受けてみれば当たり前の話で、というのは陰謀説信奉者は「政府は○○(ユダヤ人、ロスチャイルド家、宇宙人など)に支配されている」と信じがちなわけであるから、通常の政治プロセスに係わらないのも当たり前ということになる。

これが変わったのは2016年で、この年の選挙では陰謀説論者がトランプ氏に動かされた。これはトランプ氏が陰謀説と親和性が高い(というか、積極的に陰謀説に荷担する)ためである。ただトランプ氏はもとは共和党アウトサイダーであったことを考えると「アウトサイダー陰謀論」という流れは今も断ち切られていないといえる。

科学に対する陰謀説が高まるのはなぜか

次の話題として、科学と陰謀論の関わりがある。COVID-19と5Gの関わりについての陰謀説や気候変動否定論に限らず、科学についての陰謀説には事欠かない。では科学に対する陰謀説が高まるのはなぜか。まず、これは(少なくとも米国の文脈では)科学者自身に対する信頼が失墜したからではない。世論調査によれば、アメリカ国民の科学者に対する信頼度は非常に高く、軍人に次ぐほどである。

では何が問題なのか。ジンスキー氏によれば、問題の一端は中高における科学の教え方にあるという。中高では科学を「絶対的な真理を細切れにして与える」という形で教える。これは生徒に対して「科学は絶対的に正しい」というイメージを植え付ける。そうすると、今回のような何事にも不確実性がつきまとうときには、科学からの託宣を信頼できなくなる。そこに「絶対的な真理」を与える陰謀説のつけいる隙が産まれるというのである。

どうしたら陰謀説を信じている人を説得できるか

ではどうしたら陰謀説を信じている人を説得できるだろうか。これは事柄の性質からして難しいとジンスキー氏は言う。なぜなら、こうしたことがいつもできるということは、人を自由自在に洗脳できるということになるが、もちろん我々はこうしたことはできないからだ。

しかし道はある。一つは陰謀説を完全に信じてこんでいる人よりも、そのとば口に立っている人の方が信念を変えやすい。もうひとつは、陰謀説信奉者が信頼するような人から証拠に基づいた意見を聞くと信念を変えやすくなる。例えばある実験によると、共和党支持の有権者共和党の下院議員が「デス・パネル*3は存在しない」と言っているのを聞くと、自分の考えを変えるという。

この点は地球平面説のポッドキャストの内容と呼応する。誰でも知っているように、地球平面説には地球の写真という「決定的な証拠」が存在する。もちろん地球平面説論者もそうした写真があることを知っている。では彼らはどのようにしてそうした写真の信憑性を否定するか。それは写真のソース(NASAなど)の疑わしさ(それがどんなに些細なものであっても)を指摘して、そこから出てきた写真を全否定するという論法をとる。そういう意味で、陰謀説信奉者でも信頼できるソースからの否定論を出してくると、彼らの信念を変える可能性が出てくるのである。

*1:ネットで読めるアメリカ政治解説は(報道機関からの論説であっても)妙なものが多いが、リンク先はそれほどヘンではないと思う。

*2:オバマ元大統領が米国籍をもっていないという説。トランプ氏が支持者だった。

*3:2008年の共和党副大統領候補サラ・ペイリンは、民主党国民健康保険制度改革案(オバマケア)が実施されると、専門家による「デス・パネル」が設置されて、重病患者の生死がそこで決められるようになると主張した。