まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

科学者の歴史についての四冊

教えている「科学史」の授業で、どのようにして科学者が今のようなあり方になってきたのかについて講義した(専門用語では「科学の制度化」という)ので、その準備に使った四冊を紹介。

科学の真理は永遠に不変なのだろうか (BERET SCIENCE)

科学の真理は永遠に不変なのだろうか (BERET SCIENCE)

この本の第五章「科学者はいつから存在していたのだろうか?」はこのテーマに関心を持ったらまず読むべき。「学会」というものがない時代に科学研究者がどのように研究をしていたのかの解説から、アカデミーの成立、「科学者」という言葉の起源まで非常にわかりやすく書かれている。著者は周知のとおり仏王立科学アカデミーを題材に博士論文を執筆しており、信頼性の問題はない。この章がすぐれているのは単にテーマに沿って事象を並べるだけではなくて、きちんと「この時期はこういう感じ、この時期はこういう感じ」と出来事を整理して叙述している点である。

科学の社会史 (ちくま学芸文庫)

科学の社会史 (ちくま学芸文庫)

このテーマについてもう少し知りたいと思ったら是非読むべき本。この本は科学者と社会の関係に関する通史を扱っているが、その中でいくつかの章(第三章、第六~八章など)がこのテーマに充てられている。著者は化学史を専門としているので化学についての記述が多いが、テーマについて詳しく知るには問題ない。それまでの専門研究をきちんとサーベイしており信頼性に問題がないにもかかわらず歴史を明快に描くという一級の教科書の美徳をすべて兼ね備えている名著。

社会の中の科学 (放送大学教材)

社会の中の科学 (放送大学教材)

この本は『科学の社会史』と同じテーマを扱っているが、放送大学の教科書ということで前掲著よりはライトな書き方になっている。第七章から十一章までが科学の制度化に充てられている。各章には参考文献が挙げられているので、もう少し勉強したい人にはよいガイドになるだろう。

パトロン期からアカデミーが発達した時期までの科学者について、どちらかというと彼らの科学的業績以外のところから迫った本。たくさんの科学者が取り上げられていて辞書的に使うのは便利である。ただ、著者は科学史を専門とする研究者ではなく、またほとんど参考文献が書いていないので、信頼性に不安がある。例えばガリレオがピサ大学を辞職したのはトスカナ大公のコジモ一世の庶子が設計した浚渫機(港の海底の土砂をさらう道具)を嘲笑したせいだと書かれている(85頁)が、ガリレオ―庇護者たちの網のなかで (中公新書)にはそれは疑わしいとされている(40頁)。もちろん後者が間違っている可能性はあるわけだが、後者の著者は科学史の専門教育を受けたガリレオの専門家であり、おそらくその確率は低い。

道標が大切

最近は論文のドラフトなどを読む機会が多くなっているが、そこで気になることの一つは道標(サインポスト)がないために読みにくくなっている文章が多いことだ。

サインポストというのは、これから書く文章についてのメタレベルからの説明である。例えば「この節では**について説明する」とか「ここまではX氏の議論について紹介した。以下では彼の議論を批判する」といったものだ。

例えば

安保法制は違憲の疑いが強いと専門家の多くは述べている。代表的な憲法の解説書『○○』で解説を執筆する全国の憲法学者○○人にアンケートした結果によると、○割近くの研究者が安保法制は違憲の疑いがあると述べている。この法律はアジア諸国からも批判がある。韓国外務省高官の○○氏は○○年○月の記者会見で「○○」と述べたほか、中国の○○外相は「○○」と述べて日本を牽制している。これによって日本が戦争に巻き込まれる恐れがある。...

という書き方ではなくて、

この段落では安保法制の問題を三つ述べる。第一の問題は安保法制は違憲の疑いが強いと専門家の多くが述べていることである。例えば代表的な憲法の解説書『○○』で解説を執筆する全国の憲法学者○○人にアンケートした結果によると、○割近くの研究者が安保法制は違憲の疑いがあると述べている。第二はアジア諸国から懸念の声が上がっていることである。例を挙げると、韓国外務省高官の○○氏は○○年○月の記者会見で「○○」と述べたほか、中国の○○外相は同月の記者会見で「○○」と述べて日本を牽制している。さらに、これによって日本が戦争に巻き込まれる恐れがあるという問題がある。

という風に述べた方が、サインポスト(太字の文)がこの段落が何についてのものなのか読者をガイドするとともに、この後に「三つの問題」を説明する文が来ることを読者に予期させていて読みやすい。また後続の文で「第一の問題は...」「第二の問題は...」と書いてその予期を実現することによって、読者が心の中でその文章の内容を段落全体の構造の中に位置づけることが容易になっている。

ではサインポストがないとなぜ文章が読みにくくなるのか。それは、読者は一般に「著者が何をしようとしているのか」「今読んでいる文章がプロジェクト全体の中でどういう役割を果たすのか」がわからないまま長く複雑な文章を読まされるのを苦痛に感じるからだ。例えば

という有名な本の「はじめに」にある例をとってみよう。

例えばの話である、あなたが教室の中に入ると,机の上に長さ10cmほどの竹片とカッターが置いてあり,先生がその竹片からカッターで非常に細い棒状の一片を切り出すように言ったとする。

どういうつもりなのかは良くわからないが, とにかく言われた以上そうするしかない。そしてカッターを取り上げ,何度か失敗した後ようやくそれに成功する。

すると次に先生は, それをバーナーで燃やして黒焦げの糸を作るように言う。依然としてそれが何を意味するのかわからないが,やはりそうするしかない。ところが黒焦げの糸は作ったそばからぼろぼろくずれてしまう。くずれてしまったなら,再び前の工程に戻って最初からやり直きなければならない。

こんなことを3回も繰り返そうものなら, もうあなたの神経は忍耐の限度を越えてしまうだろう。この場合,作業の難しきもさることながら, フラストレーションの主たる源は先生が初めに, これから作るものが初期の白熱電球のフィラメントなのだということについて,一言コメントしておいてくれなかったことにある。

ここでの対象は科学実験だが、同じことは文章にも当てはまる。我々は「何のために」を知らされないまま何かを読むのはイヤなのである。

また特に論文においてサインポストが有用な理由もある。論文の主な読者は研究者であり、研究者は研究に関する読み物は批判的に読む習慣ができている。これは「読者は著者の目的に応じて読む際の力点を変える」ということでもある。例えば同じX氏の議論の解説を読むときでも、論文の著者が自説を擁護するためにそれを解説するときは、読者は自然と「X氏の議論に問題はないか」と考えながら読むだろうし、逆に著者がX氏の議論を批判するために紹介するなら、X氏の説を「何か擁護できるところはないか」と考えながら読むことになる。しかしそうしたガイドがないと、読者はどういうことを考えながらX氏の議論の解説を読んでいってよいかわからない。これは苦痛である。

このことはアカデミックライティングで言われることがある。例えばアカデミックライティングのやり方が

  1. say what you will do,
  2. do it, and
  3. then say what you did 

と定式化されることがあるが、これも1.のところで読者に「自分がこれから何をやるか」を明確化することが大事であることを示している。

ただ、文章読本の中にはsignpostの濫用を戒めるものもあって、例えばスティーブン・ピンカー

The Sense of Style: The Thinking Person's Guide to Writing in the 21st Century

The Sense of Style: The Thinking Person's Guide to Writing in the 21st Century

  • 作者:Steven Pinker
  • 出版社/メーカー: Penguin Books
  • 発売日: 2015/09/22
  • メディア: ペーパーバック
のなかでサインポストのようなメタ語り(metadiscourse)の濫用はよくないと述べている。たしかに節ごとに「前の節では...を行った。この節では...を行う」と書かれているといい加減うるさいと感じることはあるかもしれない。しかしピンカーもサインポストの代わりに段落を問いで始めることを薦めている(これはこの段落が何についての段落であるかを示すものである)ので、「読者に最初にここで何をやるのかを示す」というサインポストの役割自体は認めているのである。

酸素の発見についての四冊

科学史」の授業のために酸素の発見史についていくつか読んだので、その感想。ただし酸素の発見史に一冊すべて充てている本は日本語ではないと思うので、以下の感想は「化学史の入門書の中で酸素の発見史の部分に関するもの」ということになる。

化学史への招待

化学史への招待

今回紹介する本の中ではこれが一番勧められる。この本は日本の化学史家が化学史のトピックについて書いたものをまとめたもので、酸素の発見史は一章を充てられている。発見史の主要登場人物(シェーレ、プリーストリ、ラヴォアジエ)には一節以上割かれており、発見史の全体像を知る上ですぐれている(ただし各節は異なる化学史家によって書かれているので内容の重複はある)。またジェンダーと化学史の関わりとしてラヴォアジエ夫人にも一節を割かれていてその点も目配りがきいている。記述のレベルは平易で、化学の知識がほとんどなくてもついていける。

科学の真理は永遠に不変なのだろうか (BERET SCIENCE)

科学の真理は永遠に不変なのだろうか (BERET SCIENCE)

  • 作者: 中根美知代,小山俊士,三村太郎,矢島道子,中澤聡,隠岐さや香,河野俊哉,有賀暢迪,大谷卓史溝口元
  • 出版社/メーカー: ベレ出版
  • 発売日: 2013/11/01
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
  • この商品を含むブログを見る

この本は若手の科学史家が科学史の様々な時点のトピックについて書いたもの。第6章「酸素はラヴォワジエによって『発見』されたのだろうか?」が酸素の発見に充てられている。上の本とは異なり一章で酸素の発見史についてまとめていることもあり、ラヴォアジエに焦点を当てている。記述は平易で読みやすい。ただ、題名からも示唆されるようにこの本は偶像破壊を目的にしているところがあり、それが少しいきすぎているように見受けられるところがあった。例えば結論部で「『酸素』は、ラヴォワジエによって『発見』されたのではなく、むしろ『新化学体系』の象徴として『発明』された言葉だと言えるのです」(152頁)とあるが、ここでは「酸素」という言葉が言葉自身とその指示対象の二重の意味を持って使われていて、初学者に向けて書くにはミスリーディングと思う。

科学史・科学論 ―科学技術の本質を考える―

科学史・科学論 ―科学技術の本質を考える―

この本は上の二冊と異なり一人の著者の単著である。各登場人物の実験や理論について上の二冊より詳しく書かれている。その分レベルは高く、初学者向けの授業でそのまま使うことはできない。また分量が多いので、全体の流れはやや見通しにくくなっている。ただし授業準備をするときにわからないところを確認するのには役に立った。

物質理論の探求―ニュートンからドールトンまで (岩波新書 青版 970)

物質理論の探求―ニュートンからドールトンまで (岩波新書 青版 970)

これは1970年代の著作で、上で取り上げた著者よりはだいぶ世代が上にあたる。全体としてはまとまりのない記述で、授業の準備に必要な「だれが酸素にかかわるどういう知見をいつ手に入れたのか」というわたしの知りたいことを理解するにはたいして役に立たなかった。(ただし後にニュートン錬金術のところを読むとそこはまとまった記述になっていたので、すべてがまとまりのない記述になっている訳ではない)。

研究費の配分をクジで決める

研究費の配分を(一部)くじで決めているという『ネイチャー』誌の記事を読んだ。これを行っているのはニュージーランドの健康科学評議会(Health Research Council of New Zealand)という政府の組織で、2015年にくじを導入した。

くじで研究費の配分を決めると言っても、すべての申請を一律に箱に入れてくじを引くわけではない。第一段階では申請書をスクリーニングして一定のクオリティに達しているものだけを残す。そして一次審査を通過したものから研究助成金の配分先をくじで選ぶ。

この方式をとる一つの理由は、非常に優れた研究計画と非常に劣った研究計画を見分けるのは審査委員にとって容易だが、多数ある中くらいのクオリティの研究計画に逐一順位をつけるのは難しいことがある。しかし配分先をすべて人為的に決める場合はそうした申請の間に差異を見いだして無理矢理にでも順位を決めなくてはいけず、それには多大な労力が審査員にかかる。またそうした審査の末落とされた申請者にも(実際のところたいした違いがないところで無理矢理違いを指摘されて落とされたものだから)不満が残る。

これに対してくじに委ねるやり方ではそうしたhair-splittingな(些細な)違いを見分ける必要は審査員に生じないので、彼らの労力を節約することができる。また「落とされた」申請者のほうも、自分の計画がある程度の水準に達していたことがわかり不満は出ていないという。

またくじを導入するもう一つのメリットは助成金配分におけるバイアスが軽減されることだ。いろいろな研究で明らかになっているとおり、科学者の人生の様々な局面でマイノリティに属する人たちは不利を強いられる。助成金の審査も例外ではない。しかしくじの導入で、少なくとも第一次選考を突破すれば採択されるかどうかは平等になる。

また審査員による選考ではどうしても着実で「堅い」研究計画に評価が偏りがちで、ハイリスク・ハイリターンな研究には不利になる。これもランダム性を導入することで、そうした研究が採択される可能性は高くなる。

記事によるとくじによる選考はニュージーランドだけでなくスイスや独の公的・私的助成金でも用いられているという。

記事の最後にはくじを導入するメリットとして採択された研究者にhumility(謙虚さ)をもたらすことが挙げられている。誰しも経験があることだが、自分の研究計画が採択されると研究者は「我は世界の王なり」といった気分になる。しかし採択にあからさまに偶然がかかわっていることがわかるとそうした傲慢さを持つことは少なくなる。「それがまさに科学に必要なものなのです」とこのアイデアの支持者である経済学者のMargit Osterloh氏は述べている。

"I insist that ..."は「わたしは・・・と主張する」ではない

日本語の哲学の論文を読むと、英語の要約部分で結構な確率で「I insist that p」が使われているのを目にする。例えばciniiで"I insist that"で検索すると、500件ぐらいヒットする。

英和辞書を読むとinsist that pは「~と主張する」と書いてあるので、著者の方はたぶん「わたしは~と主張する」という意味でこれを使っているのだと思う。

しかし"insist"はそういうニュートラルな意味での「主張する」ではない。わたしの語感ではinsistは、自分の立場に対する反対意見を聞いてもなおも(もしかしたら無理気味にでも)自説に固執する時に使う単語である。

これは英英辞書を見るとはっきりする。例えば

Longman Dictionary of Contemporary English (6E) Paperback & Online (LDOCE)

Longman Dictionary of Contemporary English (6E) Paperback & Online (LDOCE)

という学習者向けの辞書を見ると"to say firmly and often that something is true, especially when other people think it may not be true"と書いてあり、特に他人が自説が正しくないと考えている時に使うと書いてある。

この点はまたシソーラスを見るとさらにサポートされる。この辞書の類義語欄に挙げられているのはargueとかmaintainといった「論じる」に対応する定番の動詞ではなくて、demand, require, be adamantといった単語・フレーズである。

また"I insist that"は英語論文では他の類似のフレーズに比べてほとんど使われない。例えばgoogle scholarでこのフレーズを検索すると1万5千件あまりしかヒットしない。これに対して"I argue that"だと約54万5千件になる。出典欄にphilosophyを入れると差はさらに広がり"I insist that"は370件あまりに対して"I argue that"は2万600件とその差は55倍以上になる。

英作文上のこういう問題を避ける方法のひとつは、(月並みなアドバイスではあるが)疑問に思ったら英英辞書を引いてみることだ。英和辞書だと英単語の理解がどうしても日本語訳語のニュアンスに引きずられてしまうが、英英辞書だと単語の意味をほぼ正確に説明してあるので、こうした誤解をすることは少なくなる。もちろん英語のインプットをたくさんすることも重要で、「こういう局面ではこの単語を使う」という暗黙的理解が形成されると、場にそぐわない単語をみると「おかしいな」と感じることになる。

瀧本哲史著『ミライの授業』のメンデルの記述は大幅に間違っている

以下は瀧本哲史著『ミライの授業』のメンデルの項について準備していた文章である(文章については公開に当たってかなり手を入れているが、全体の構成については七月の段階でできていた)。そこでは同書の誤りについて説明し、そうした誤りがかなり簡単に気づけるものなので、著者にも幾ばくかの責任があることを述べている。

既報の通り著者の瀧本氏は逝去された。また著者に近しい人の回想によると、著者が本書を書いたのは深刻な病気からいったん回復した後のことであったようだ。この意味で以下で述べる誤りの責任についてはある程度の情状酌量ができるかもしれない。

しかしそうであっても誤りは誤りであり、可能であれば何らかの形で誤りを訂正してもらうのが適当だろう。この文章を公にすることにしたゆえんである。

高校生に出張授業をする準備のために『ミライの授業』

ミライの授業

ミライの授業

という本を読んだ。この本は中学生に向けて「なぜ勉強するのか」「〈成功〉するにはどう生きていったらよいか」を解説したものだ。わたしは著者の著作をいくつか読んできているが、この本は他の本よりも「煽る」部分が少なくもっとも出来がよかったと思う。特に最初のフォードやナイチンゲールから森鴎外に至る部分はとても啓発的である。

しかしこの本のメンデルにかんする部分(204-210頁)は大幅に間違っている。著者はメンデルについて次の三つのことを述べている。

三つの大きな問題

一つはメンデルが有名なエンドウマメの実験をダーウィン進化論の正しさを示すために行ったとしていることだ。著者はこう述べる。

さて、留学期間が終わり、地元の修道院に戻ったメンデルは「遺伝」の研究に取りかかります。当時、すでにイギリスの自然科学者ダーウィンが『種の起源』という本を出版し、進化論を唱えていました。...

しかし、ダーウィンの進化論にはどうしても説明できない難問がありました。

たとえば、赤い花と白い花を交配させたとき、その花はピンク色になるはずだ、というのがダーウィンたちの考えでした。ところが実際にはピンク色の花なんて生まれません。赤い花が生まれたり、白い花が生まれたり、結果はまちまちです。

ここに数学的な答えを与えることができれば、進化や遺伝の謎が解けるのではないか。

そう考えたメンデルは、壮大な実験に着手します。(206頁)

しかしこれは誤りであり、しかも誤りであることは簡単に示せる。というのは、メンデルの上述の実験が始まったのは1855年(前後)であり、ダーウィンが自説をはじめて公にしたのは1858年(ロンドンのリンネ協会においてウォレスの説と同時に発表)だからである。したがってメンデルが実験を始めたときには彼はダーウィンの進化論を知らなかった。当然のことながら、知らない説の正しさを示すために実験をすることはできない。*1

もう一つは、メンデルの業績が長い間顧みられなかった理由である。よく知られている通り、メンデルは自説を論文として1866年に発表したが(口頭発表はその前年)、学会からの評価は芳しくなく、1900年にメンデルの業績が「再発見」されるまで半ば無視されていた。この理由の一つとして、『ミライの授業』ではメンデルの実験結果が彼の理論からの予測値と合いすぎていたことがあると述べる。

しかし、学会ではまったく相手にされません。あわてて今度は、遺伝の法則について書いた本[ママ]を出版するのですが、これもみごとに無視されます。

なぜだと思いますか?

[...]

そしてもうひとつの理由は、メンデルが提出したデータが、あまりにも「できすぎ」なものだったこと。つまり、メンデルの「分離の法則」に従うと、4000個のエンドウ豆のうち背の高い3000個と、背の低い1000個が生まれることになります。

でも、「背の高い苗はぴったり3000個でした」と発表されたら、逆にあやしく感じますよね?...ところがメンデルが提出したデータは、「ほぼぴったり」の数字で、自分の法則を裏付けるものでした。(207-209頁)

しかし、これも全くの誤りである。たしかに、メンデルの実験結果が彼の理論からの予測値と合いすぎているという指摘はあった。しかしこの点に触れたのはW・F・R・ウェルドンが1901年にカール・ピアソンへの手紙で言及したのが最初とされている。*2。したがってメンデルの実験が1900年までに無視された理由にはなり得ない。*3

第三の主張は、エンドウ豆の実験に対する学会の反応を受けたメンデルの対応、およびメンデルの実験が学会で無視され続けた理由についてである。よく知られている通り、メンデルはエンドウ豆の実験について1865年にブルーノ自然科学会で発表し、その上でその成果を1866年に論文にしたが、学会の反応は芳しくなかった。例えばメンデルは当時の植物学の権威であるネーゲリに論文を送り、さらにエンドウ豆の実験の追試を行うことを依頼したが、ネーゲリはそれを実際には行わなかったらしい。『ミライの授業』では、メンデルの説がその後も受け入れられなかったのは、自説の正しさにひとりで満足し、それに閉じこもったメンデルの態度にあったとしている(209-210頁)。

一方、優秀であるがゆえに周囲の協力を求められない人がいます。

自分は絶対に正しいのだし、正しいことをやっていれば、かならずいつかは認められる・仲間なんて必要ない、と考えてしまう人です。

その代表例ともいえる人物を紹介しましょう。「メンデルの法則」で有名な植物・遺伝学
者、グレゴール・メンデル[...]です。(205頁)


彼はシャイな性格で、あまり人との交流を好みませんでした。数学的な正しささえ証明すれば、いつか認められるはずだと考えていました。パートナーを求めず、「仲間」をつくろうとせず、孤独に研究を続けていたのです。(209頁)

しかし、これにも問題がある可能性が高い。というのは、手元にある日本語で読める生物学史の本(中村禎里『生物学の歴史』、矢杉龍一『生物学の歴史(上)(下)』、ボウラー『進化思想の歴史(上)(下)』、木村陽二郞『原典からの生命科学入門』、メンデル『雑種植物の研究』訳者解説)を見ても、メンデルが自説に自己満足し、仲間を求めなかったことが学会に広まらなかった原因だといったことはまったく書かれていないからである。

誤りの責をどこまで著者に向けるべきか

このように『ミライの授業』のメンデルの記述には大きな問題がある。ただしこれには情状酌量の余地もある。著者は科学史家ではないので、既存の文献をもとにメンデルについて記述している。実際、メンデルの項目に関する参考文献として

神が愛した天才科学者たち (角川ソフィア文庫)

神が愛した天才科学者たち (角川ソフィア文庫)

を挙げているが、この本もメンデルの実験の意図として同じことが書かれている(161頁)。しかもこの本の紹介によると、この本の著者である山田大隆氏は「科学史学会の北海道支部長」を勤めており、肩書きだけから見ると信頼できそうである。その意味で科学史の専門家でない瀧本氏がこれを信じてしまうのはやむを得ない面もある。

しかしだからといって氏が全面的に免罪になるわけではない。第一に、上の誤りは「通説では○○と書かれていたが、最近の研究ではそうではないことが明らかになった」というような誤りではない。例えば(ちょっと古いかもしれないが)進化論史や生物学史の通史として有名で、日本語で書かれている本

生物学の歴史 (上) (NHKブックス (468))

生物学の歴史 (上) (NHKブックス (468))

には上で述べたようなことは書かれていない。

第二に、確かに参考にした本が信頼できなかったのは不運だったが、上で書いた誤りは別のルート(そして上で挙げた通史よりももっとアクセスしやすい資料)をチェックするとすぐにおかしいと気づく類の誤りだからだ。

例えば日本語のウィキペディアメンデルの項を見ても、ダーウィン進化論を証明しようとメンデルが実験をしたということはまったく書かれていない。またメンデルの観察値が理論値に近すぎるように見えるので(再発見されるまで)顧みられることがなかったといったことも書かれていない(さらにこの点については英語版のウィキペディアをみるとフィッシャーの論文に言及されている)。

もちろん、(すべての大学教員が強調するように)ウィキペディアは学術的には必ずしも信頼できないので、これらのエントリを読んだだけでは上の誤りがきちんと証拠立てられたとは言えない。しかしこうしたエントリを読んで「何かおかしい」と気づくことを求めるのは過大な要求ではない。

(これは山田氏については瀧本氏よりももっと罪が重いということを意味する。率直に言って、学会でそこそこの地位に就いている人が上のような初歩的な誤りを書くことは信じられないし、山田氏の専門家としてのクレディビリティを揺るがすものである)

また第二の点については、著者が参考文献欄にあげているもう一つのメンデルに関する本、つまり

に書かれている。しかしこの本ではこの疑惑がメンデルの研究が忘れ去られた原因だとは書かれていない。ただしこの疑惑についてこの本は(すこしだけ)ややこしい書き方をしている。というのはこの本の疑惑のついての記述の前後の流れはこのようになっているからだ。

  • なぜダーウィンではなくメンデルが遺伝の法則を見つけられたのか(55-58頁)
  • メンデルの疑惑(59頁第一段落)
  • 1865年の学会発表における聴衆の(芳しくない)反応(59頁2段落目以降)

このような並びになっていると、斜め読みしかしなかった読者はメンデルの疑惑とメンデルの研究の受容に関係があると思うかもしれない。

しかしこの点からの情状酌量の程度は限られている。というのはゴールドスミスの本は(書影から推察されるように)子供向きの本としてかなりわかりやすく書かれており、すこし丁寧に読めば上のような誤解はしないはずだからだ。子供向けにわかりやすく書かれている本の論旨を正確に理解するのは、著者に課するには決して高いハードルではないだろう。

第3の点については、著者に責をどのくらい求めればよいのかわからない。というのは、著者の記述が何に基づいているのかわからなかったからだ。本書の参考文献欄にあげられている本の中でメンデルの記述がありそうな本は上で取り上げた二冊だが、それらにはこのことは書かれていない。日本語で比較的手軽に読める生物学史・進化論史の本に上述の点が書かれていないことはすでに述べた。

したがって、この点についての著者の責は、もしかしたらまったくない可能性もある(わたしが間違っている)し、きわめて軽い可能性もある(例:記述を信じても仕方がないような本に書かれていたことを参考にしている)し、きわめて重い可能性もある(例:資料に基づかない全くの想像で書かれている)。

まとめ

これまで『ミライの授業』のメンデルの項における誤りについて述べてきた。また、(専門家に見える人の本に誤りがあったという不運もあったが)日本語の文献やウィキペディアを読むだけで、少なくとも「何かおかしい」ということに気づく機会があったことも述べた。そういった意味で、この誤りの責任は著者にもあると思う。

*1:また最近のメンデル研究では、メンデルは自らが遺伝の研究をしているつもりはなく、当時盛んだった雑種の研究の中に自らの研究を位置づけていたという。これについては松永俊男: メンデルは遺伝学の祖か. 生物学史研究 94:1-17,2016を参照。

*2:その後R・A・フィッシャーが1911年の講演でこの点を追求し、1936年に論文の形で公表した。

*3:この点については

Ending the Mendel-Fisher Controversy

Ending the Mendel-Fisher Controversy

  • 作者: Allan Franklin,A. W. F. Edwards,Daniel J. Fairbanks,Daniel L. Hartl,Teddy Seidenfeld
  • 出版社/メーカー: Univ of Pittsburgh Pr
  • 発売日: 2008/03/28
  • メディア: ペーパーバック
  • この商品を含むブログ (1件) を見る
を参照(16-18頁)。この本はインターネットで見られる。なおこの本によれば、メンデルはこの点において不正を犯したわけではないということだが(p. x)、わたしはこの本を詳細に読んでいないので、これ以上コメントしない。

21世紀の哲学教科書

授業準備のために最近

Philosophy: Asking Questions - Seeking Answers

Philosophy: Asking Questions - Seeking Answers

を買ってめくっているが(H/T @kasa12345)、細かいところで工夫があって、21世紀の哲学教科書という感じがする。具体的には以下のような点で工夫を感じた。

  • 冒頭で「哲学は我々の生活に関係している」として、菜食主義の例が挙げられている。
  • また冒頭2ページ目で、この本は西洋哲学しか扱わないことを宣言し、のみならず中国哲学インド哲学などの世界の哲学の入門書を紹介している。
  • エリーザベト3世(ボヘミアのエリザベス)やスーザン・ウルフ、ルース・ベネディクトのような女性の哲学者・研究者を比較的大きく取り上げている。
  • 文中の例で出てくる名前がTomやFredといった西洋式の名前だけでなく様々な文化圏で見る名前が取り入れられている。例えばAshni(ヒンドゥー系)、Mehdi(アラブ系)、Mei(日本系)、Chang(中国系)などバラエティに富んでいる。
  • 「知識とは何か」という章ではゲティア事例の扱いが比較的小さい。
  • 附録で哲学専攻の有名人や哲学専攻者の卒業後の年収を紹介して、哲学を勉強することの俗世間的利益を強調している。
  • 近世の哲学者の原典を引用・参照するときには文字通りの原典ではなくてEarly Modern Textsを挙げている。