研究のコスト・リターン・リスク
千住淳氏の
- 作者: 千住淳
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2013/08/10
- メディア: 新書
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科学者であれ哲学者であれ、研究者としてのキャリアが進んでいくと、一人の研究者がいつでも複数の研究テーマを抱えていくことが珍しくない。そうなると、いつどの研究をどのくらいするという判断が研究者にとって重要になる。
千住はこれをファイナンス理論における資産運用の問題と比べながら、どのように一人の研究者が自分の研究全体をマネージしていくかに生かそうとする。たとえば資産運用では、複数の種類の資産(株式、預金、債券、不動産など)に自分の資金を配分して全体のリターンを最大化しようする(その資産構成をポートフォリオと呼ぶ)。これと類比的に、研究者は複数の研究テーマのいくつかにどれだけ自分のリソース(時間、研究費)などを投資するかを意思決定して、研究ポートフォリオ全体のリターンを最大化することを目標とする。
その中で一つの研究テーマを評価する基準として研究のコスト・リターン・リスクについて考えることが必要になる。これは金融商品のコストやリターンなどについて考えることと同様であるが、具体的にいうと次のようになるという。
- 研究のコスト:研究を遂行するときのいろいろな意味での「支出」。たとえば金銭的支出だと研究費。時間的支出だと研究にかけなくてはならない時間。研究に使うための道具や材料の使用。たとえば研究を行うための材料や道具が手元にそろっていて手早くその研究のための実験を行うことができれば、その研究のコストは低い。
- 研究のリスク:研究が成功せず、論文として発表できない確率。たとえば研究のコストが高すぎるなどで、今まで誰もやったことのない実験はリスクが低い。というのはどのような結果ができても新しい現象なので、それに基づいて論文が書ける。直観とは反する予測を行い、それを検証しようとする実験は、予測が反証されたら論文にならないのでリスクが高い。
- 研究のリターン:研究のインパクト。重要性(あるいは同僚からの評価)。例えば専門性が高すぎて多くの人に読まれないような研究や、また過去にあった実験を少し条件を変えて再現したような研究は、インパクトが低いので低リターンの研究。
これに対比して哲学における研究のコスト・リスク・リターンを考えるとこのような感じになるだろうか。
- コスト。金銭的支出、道具・材料のコストは哲学研究の場合余りたいしたことはない(多くの研究については。ただし、いわゆる実験哲学や個別科学の哲学のように経験的研究に基づく哲学研究もある)。むしろ哲学研究では時間的コストがきつい制約になるかもしれない。例えば文献探究にかけられる時間。長い歴史を持つテーマ(たとえば科学的説明や自由意思)は文献の蓄積が多いので、問題に精通するまでにたくさんの論文を読む必要が出てくる。また個別科学の哲学では、対象となる個別科学について知識を得る必要があるので、コストがかかる。
- リスク。科学の研究と同様に、既存の学説を批判しようする研究はリスクが高い(批判がうまくいかないとプロジェクト全体が失敗に終わることになる)。また長い歴史を持つテーマでは、新しい説を提唱するのも(すでに可能な概念的空間が既存の説で占められている可能性が高いので)その可能性が少なくなっているのでリスクが高い。しかし新しいテーマでは、それと逆の状況が成り立っているので、リスクが低い(どんな説を唱えてもそこそこの評価を得られる)。
- 研究のリターン。これは科学研究と同じ。重要性。同僚からの評価。たとえば、新しいテーマや非常に狭いテーマの論文は、それを理解できる人が少ないと、インパクトをもちにくくなる。