まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

才能が必要と考えられている分野ほど女性研究者の比率が低い

という論文が「サイエンス」誌に掲載された(リンク)。

STEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)といういわゆる「理系」の分野では、研究者に女性が占める割合が低いといわれてきた。また社会科学系・人文系の分野でも女性研究者の比率が少ない分野がある(経済学や哲学)。この原因をめぐってはさまざまな議論がなされてきたが、この論文はさまざまな仮説を比較して、〈「ある分野で研究者として成功するには才能が重要である」とその分野の研究者が考えている程度〉が、その分野のPh.D.の中に女性が占めている割合と相関しており、その分散をよく説明していることを主張する。これがなぜ重要かというと、多くの人はこれと同時に「女性は知的才能において男性よりも劣っている」というステレオタイプを抱いており、これが上の考えと結びつくと「女性は男性よりもこの分野で成功できない」という考えに至るからである。

この論文が検討している仮説は以下の四つである:

  • その分野の研究者が「自分の分野で成功するには才能が重要である」と考えている(著者はこれを「分野特定的能力信念仮説」(field-specific ability belief hypothesis)と呼ぶ)。
  • 男性のほうが女性よりも長時間働くため。この場合長時間働く学科の方が女性のキャリアにとって不利になる。
  • 男性と女性を能力の分布において比べると、男性の方が両端が長くなる。これは男性の方が「極端に優秀な人」の割合が多いことを意味するが、そうした「極端に優秀な人」が集まる学科のほうが、女性が不利になる。
  • 体系化思考とエンパシー思考の違い。学問には体系化(systemizing)思考が求められる学問*1と、エンパシー(empathizing)が求められる学問*2があり、前者の方が男性に有利で後者のほうが女性に有利であるとする仮説。

この「自分の分野で成功するには才能が重要である」というのは具体的には次のような問にイエスと答えることである。

  • 自分の分野の一流の研究者になるには、特別の才能が必要で、それを教えることはできない。
  • 自分の分野で成功するには、ハードワークだけでは足りない。生得的な才能が必要だ。

結果

著者はこれらの四つの仮説が、アメリカの大学における学科ごとの女性Ph.D.の割合の分散をどのくらい説明しているかを調べた。その結果、「自分の分野で成功するには才能が重要である」と考えている研究者の程度の分野ごとの違いが、女性Ph.D.の割合の違いと有意に相関しており、また相関係数も高いことが明らかになった(図のリンク)。こうした結果はさまざまな調整に対して頑健であり(例えば回答者の男女比を各分野ごとに1:1にするように重み付けを変えても同様の結果が出る)、この相関が安定したものであることが示唆される。

これに対して他の三つの仮説は、相関が有意でなかったり、全体としては有意であってもSTEM内、人社系内では有意でなかったりと、その相関は弱いものであることが明らかになった。

著者はその後に、「ある分野で研究者として成功するには才能が重要である」という信念と女性研究者の比率をつなぐものの候補を二つ考察する。ひとつは、上の信念を持っている人ほど「女性は高度な学術的仕事には男性よりも向いていない」と考える比率が高かったことである。もう一つは上の信念を持っている人ほど「わたしの分野は他の分野より女性を歓迎していない」と考える人の比率が高かったことである。こうした二つの信念が上の「分野特定的能力についての信念」と女性研究者の比率を仲介していると著者は考えている。

応用:アフリカ系アメリカ人

最後に著者は、この仮説が他の集団にも当てはまるかを考えている。一つはアフリカ系アメリカ人(いわゆる黒人の多くを占める)であり、もう一つはアジア系アメリカ人である。この二つの集団にはステレオタイプにおいて顕著な差異がある。アフリカ系アメリカ人には女性と同様に知的能力についての偏見があるが、アジア人にはそうしたものは見られない。したがって、アフリカ系アメリカ人には先の分野特定的能力についての信念がPh.D.比率に関係しているのではないかとの予測が成り立つ。

結果は予測の通りで、「ある分野で研究者として成功するには才能が重要である」という信念の度合いとアフリカ系アメリカ人の研究者の分野ごとの比率は相関していたが、アジア系アメリカ人についてはそうした相関は見られなかった。

ということで著者は、STEMなどの女性研究者の比率を上げるには、この「ある分野で研究者として成功するには才能が重要である」という信念を変えることが重要ではないかと示唆をして論文を終える。

余談

この論文はかなり話題になったので色々批判的なコメントが出ると思うが、それはまた時間があればまとめるということで、二つ余談。

  1. 論文の筆頭著者のSarah-Jane Leslieは哲学者であるが、この論文は心理学者など他の分野の研究者が書いたと言われてもまったく違和感がない。というか最近は「高度に発達した哲学者は科学者と見分けがつかない」状態になっているのである。
  2. 上で参照した論文のグラフを見ると、哲学では「自分の分野で成功するには才能が重要である」と考えている度合いが人文社会系の中で飛び抜けて高く、STEMを含めても数学を含む他の分野を大きく引き離している。わたし個人の感想では数学の方が才能が重要だと思われるので、「哲学者どんだけ才能が重要だと考えているんだよ」「それって大学教育意味ないってこと」「俺は転職しないといけないのか」「ウィトゲンシュタインなどのイメージに引きずられすぎでは」と思わざるを得なかった。

*1:Supplementary Materialsをみると「主題の背後にある原理や構造を見つけ出すこと」が大切な分野。

*2:同様に「人間の思考や感情の繊細な理解」が大切な分野。