まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

研究不正に関する本、四冊

授業で教えるために研究不正についての本をいくつか読んだので紹介。

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

背信の科学者たち 論文捏造はなぜ繰り返されるのか?

研究不正関係文献の古典。研究不正の古典的事例(アルサブティ事件・キナーゼカスケード事件など)について詳しく述べるほか、不正を促す様々な要因(査読制度の不具合、徒弟制度の失敗など)を取り上げている。またこの著作は科学に対する偶像破壊ももくろんでいて、マートンや科学哲学による理想化された科学の描像にも批判が加えられる(研究不正についてだけ知りたい人にはそれが余計だと感じられるかもしれない)。原著は80年代に出版されたので最近の事例の記述は本文にはないが、訳者あとがきで著名な事例は簡単に触れられている。

科学の罠―過失と不正の科学史

科学の罠―過失と不正の科学史

研究不正関係のもう一つの古典。原典の題名が"False Prophets: Fraud and Error in Science and Medicine"であるように、不正だけでなく誤りについても書かれている。わたしは一章と四章を読んだだけだが、歴史的事例の取り扱いについては、『背信の科学者たち』が科学者に厳しい判断を下している(研究不正を犯したと判断する)のに対して、コーンは「不正はなかった」と判断している事例が目につく。例えば上記の本ではプトレマイオスは自分の観測しなかったデータを報告したとすると、コーンはそれを否定している。わたしの印象では、多くの事例の記述に深みがない、つまりここだけ読んで事例の全体像がわかる記述になっていないと感じた。

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用 (中公新書)

研究不正についてコンパクトにまとめた入門書。研究不正の事例を集めている点では『背信の科学者たち』と同じだが、こちらの刊行年がずっと後なのでノバルティス事件やSTAP細胞事件など最近の事件への記述が詳しい。但し本書はそれだけでなく不正行為の分類や研究不正に手を染める理由、不正監視組織についても頁が割かれている。また類書に比べて研究不正にかんする統計についても詳しく、現在における研究不正の全体像を知るのにすぐれている。

論文捏造 (中公新書ラクレ)

論文捏造 (中公新書ラクレ)

00年代におけるもっとも著名な研究不正事件の一つであるシェーン事件を描いたもの。著者は同じ事件を描いたドキュメンタリー番組の制作者なので、生き生きとシェーンの成功と凋落を描き、頁をめくる手が止まらない。しかし単にこの事件の経過を語るだけでなく、その背後にある「ネイチャー」「サイエンス」といった超一流の科学雑誌のずさんな体制、シェーンの後ろ盾となった有名研究者の無責任さ、シェーンが所属していたベル研究所の問題をもきちんと描き、事件を大きな構図から理解できるようになっている。研究不正についての著作は往々にして多数の事例を駆け足で扱うことになりがちなので、それを補うモノグラフとしておすすめできる。