まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

研究資金の減少は、税金の無駄使いを加速している

Scientific AmericanのポッドキャストでRichard Harrisのインタビューをしていた。彼はNPRの科学リポーター(science correspondent)で、Rigor Mortis

Rigor Mortis: How Sloppy Science Creates Worthless Cures, Crushes Hope, and Wastes Billions

Rigor Mortis: How Sloppy Science Creates Worthless Cures, Crushes Hope, and Wastes Billions

という本がペーパーバックになったことを記念して行われた*1。この本でHarrisは米国のmedical scienceが置かれている状況の問題点を示している。

彼が指摘する問題点を一言で言うと「研究資金の実質的減少に伴って、研究の質が低下し、結果として税金が無駄に使われている」ということだ。

米国の生物・医学基礎研究の最大の資金提供者はNIHだ。多くの研究者はNIHからの資金提供に頼っており、またNIHの予算は2000年代までは増大していたが、2003年頃から名目の予算額は停滞している*2。すると米国ではインフレーションがあるので、実質の予算額は年々すこしずつ減少していることになる。

結果としてNIHの資金に申請する研究者の1/5しか資金を得ることができない。そして現在ではNIHの資金を得られなければ、研究者はラボを維持することがきわめて難しくなる。というのは、昔であればカリフォルニアやテキサスなどの州が大学の研究者に資金を提供してNIHからの資金なしでも研究できたが、現在ではそうしたサポートがなくなっているからである。

すると研究者間の資金獲得のための競争が激しくなる。その結果の結果の一つは、研究者が資金申請のための書類作りで忙殺され、研究自体を行う時間がなくなることである。

また、研究者が自分の研究をいかに重要なものかを宣伝するようになる。これはヨーロッパにおいて行われた研究に示されている。この研究では"extraordinary," "novel"など、自分の研究の重要性をアピールするような単語(hypewords)が論文の中に現れる頻度が2000年代では1970年代に比べて500倍になっているというのである。

もう一つの帰結はずさんな研究の増加である。これは一つには再現可能性の問題として現れる。一つの研究では、医薬品開発に役立つことを謳った53個の研究のうち6個しか再現可能性がなかったという。

こうした研究にはコントロールが不十分な研究の増加も含まれる。Harrisがあげる一つの研究は、アジア人と白人で遺伝子発現のありようが異なっていることを主張するものである。この研究では両者の間で25%の遺伝子で発現のありようが異なっていると主張する。ところが、その後の注意深い研究で白人とアフリカ人の間での遺伝子発現の違いの頻度はそれよりも小さいことがわかる。白人とアジア人は系統的に白人とアフリカ人よりも近いので、元々の研究の信憑性に疑問を投げかけることになる。これを元に研究者がオリジナルの研究を精査したところ、白人とアジア人で遺伝子発現のあり方を調べた曜日が異なっており、それによって両者の間の差が増幅されていることがわかった。

すなわち、研究資金の枯渇によって、研究者は自分の研究を実際よりもよいもの・役に立つものと宣伝するようなインセンティブにさらされているのである。

こうした問題の影響は個々の研究に限られない。なぜなら、米国には創造論者や地球温暖化否定論者など、「反科学」的な態度をとる論者が多数おり、そうした人たちはこうした不注意な研究やミスコンダクトに人々の注意を引くことによって、科学全体についての懐疑論をあおり立てるからである。そして科学予算を減らしたいと考えている政治家もそうした問題の存在を口実に科学予算を減らそうとするからである。

こうした問題へのHarrisの解決策の一つは、科学予算を増やすことである。なぜならこうした問題の根本には予算の減少があり、予算を減らすと上の問題はもっと深刻になるからである。また研究者を雇用するときに、単に何本の論文をどこに掲載したかだけを基準にするのではなくて、「あなたのもっともよいアイデアをどのように発展させてきたか、そして将来我々をどこに連れて行くのか」を聞くのがよいとする。また透明性を科学のプロセスに持ち込むことも推奨する(単に結果だけを報告するのではなくて、どういうプロセスでその結果を得たか、その元になるデータを明らかにすること)。

こうした解決策の中にはすでに実行されつつあるものもあり、Harrisはmedical scienceの将来には悲観していない。結局のところ、科学は時には失敗するものであるが、それを修正する力も科学には備わっているからである。

*1:この本には最近翻訳

がでた。

*2:ただしトランプ政権の予算では――もともとトランプ政権が掲げていた予想とは異なり――NIHへの予算は増加した