まとまり日記

私はこういうときでも自分がいじけなかったこと、力むことなくそういう風に育ったのが母への感謝なのである。これは大きかった。恥ずかしさの容量が大きいのは強いのだ。見栄を張らないで生きること、これは何よりも大きな糧である。(森信雄)

一年生ゼミ用図書(予定)

春から一年生のためのゼミを担当することになり、そこで使えそうな本をいくつか読んでみたので、簡単にレビュー(ただしわたしの所属学科は経済・経営系なので、それを前提として読んで下さい)。


新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)

新版 論文の教室 レポートから卒論まで (NHKブックス)

拙いレポートしか書けなかった大学生のヘタ夫が哲学者の「先生」と出会い、論文やレポートの書き方を学んでいくなかで、「レポートを書くとはどういうことか」を何も知らなかった読者に教えていく本。ストーリーテラーとしての著者の才が発揮されて、全編二人の対話で進んでいくので取っつきやすい。この本の出色なところは、先生とヘタ夫の見事な掛け合い...ではなく、「トピックについてどういう種類の本を選んだらよいか」という論文を書く準備をする第一歩のところからすすめているところだ。電子辞書より紙の辞書を薦めているなど、やや賛同できないところもあるし、またそもそもヘタ夫の最初のレポートがわたしのところの学生にとっては結構レベルが高いのでは(応用倫理の授業をとるなんて結構ガッツがあると思う)という疑惑もあるが、基本的に自分で読んで・学生に勧めて損はない。


レポート・論文の書き方入門

レポート・論文の書き方入門

哲学者の著者によるレポートの書き方の入門書。本書の特色は「テキスト批評」と題して、人文社会系の研究ではほぼ必須の「ある本の内容をまとめてそれについて有意義な何事かを語る」ための技法を解説している点だ。本文は100頁強で短いのに、後半は引用のやり方などやや形式的な点にスペースを割いていて、運転免許講習でいう「第一段階」にある一年生にとってはあまり有用ではないかもしれないと感じた。


武器としての決断思考 (星海社新書)

武器としての決断思考 (星海社新書)

著者の競技ディベートでの経験を生かし、ディベートでどのように自説を擁護し相手に反論していくかを説明することを通して、よりよい意思決定の方法を伝えようとする本。「いまは時代が劇的に変わったので大学生のキミたちは〈自分の頭で考える〉ことが生き残るために必要なのだ」という冒頭のアジテーションは陳腐すぎて鼻白むが(それは著者もわかっていると思う)、紹介された考え方の方法自体は定石にかなったものでオーソドックス。ただ競技ディベートの方法がベースになっている以上、読者がなにがしかの(社会)問題に興味を持っていてそれを解こうという意欲を持っていることが前提となっているので、そうした意欲の醸成から始めなくてはいけない場合にはちょっとハードルが高いかも。


こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

こんなに使える経済学―肥満から出世まで (ちくま新書)

前に紹介した大竹先生の本と同じく、身近な現象を因果とインセンティブの点から分析することによって経済学の広がり・考え方を読者に感じてもらうための本。大阪大学につながりのある著者たちが様々な社会現象について論じることで、経済学の懐の広さを示している。解雇規制の逆説や耐震偽装が生じるメカニズムの解明など、インセンティブを無視して「道徳」から社会を評論し設計することがいかに一面的であるかを説得的に論じる。またこの本の優れたところは、個人の美貌と賃金の関係や東大卒業の出世への影響を論じた章に典型的に見られるように、経済学の研究対象の広さだけでなく、経済学の方法についても示唆されている点である。週刊経済誌の連載を元にしたもので全体的にわかりやすいので、上の大竹先生の本と共にゼミでの輪読に使ってみてもよいかもしれない。


思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント (朝日新書)

思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント (朝日新書)

〈いかにも社会で役立つような講義よりも、浮き世離れした学問の方が、応用の利く思考の「型」を与えるという意味で幅広く役に立ち大学で教えるにふさわしい〉という信念を背景に、経済学の基本的な概念を日常生活の文脈でどう応用するかを解説した本。経済学の入門書を読んだ人にはおなじみの話題が並ぶところもあるが、「好み(選好)の異なる人を見つけたときがビジネスのチャンス」など、新しいアイデアのヒントになるところもある。ただ各概念の解説も駆け足気味かつやや天下り感ありで、類書の『経済学的思考のセンス』の方が取っつきやすい。

また双曲割引の解説(158ff.)は部分的にわかりにくい。著者は159ページでは「『今日・明日』というごく近い感覚の比較では将来を大きく割り引き、『年』といったそれなりに先の、ある程度長い期間の比較では辛抱強く、計画的になる傾向がある」と述べている。これは実現が迫った事柄(例:今ケーキをたべる)と実現が遠い将来の事柄(例:2年後に実現するダイエットの成就)を比較するときは後者の効用の大きさを大きく割り引くが、1年後に実現する事柄(例:一年後の今日ケーキを食べる)の比較では、2年後に実現する事柄の効用をそれほど割り引かないということだ。

ところが著者はこの後で「期日が近いほど割引率が大きくなるという現象は双曲割引といわれます」(160)と説明している。これは「期日が近い事柄」(今ケーキを食べる)の割引率が大きくなるように聞こえ、ミスリーディングである。さらに同じ頁にあるグラフでは、X軸に「期日への遠さ」(遠いほど原点から離れる)、Y軸に「割引率の大きさ」がとられているので、上の誤解を増幅させるような書き方になってしまっている(右図)。正しくはwikipediaのように、享受する瞬間の効用を1としたときのある時点での効用の大きさをY軸にとるととよいのだと思う。